1 ウィンキーの失踪

ぼくはヒデト。小学四年生。

去年の夏休みにうちのでぶ犬が家出したまま帰ってこないのが、もっかの悩み。

ぼくの母さんがウィンキーを無理やりダイエットしようとしたからにまちがいないと思っている。

あいつはとくべつ食い意地をはってる犬で、自分の食いたい物をもらうまで、じつに根気よくほえ続けたし、母さんがよかれと思って山ほど買いこんだダイエット・ペットフードってやつも食べないどころかぜんぜん見向きもしなかった。

ウィンキーにしてみれば、母さんに負けてあれを一口でも口にしたら、毎日食わされるはめになると、意地でもゆずれなかったんだろうな。

それにしてもあのころの母さんは変だった。

それまではどちらかというとウィンキーに甘くて、ねだんの高い缶詰やジャーキーやミルクをほしがるだけ与えていたのに、あの新しいダイエット・ペットフード「ビューティー」のCMがテレビで流れるようになってからというものの、それしか与えなくなってしまった。

いくらウィンキーがやせたほうが長生きするからっていっても、100パック入りのダンボール箱まるごと買ってくることはないよな。

だってウィンキーに家出を決心させるぐらいまずい食べ物が家の中に山ほどあるんだぜ。

「いったいどうしてウィンキーにあんなことをしたんだい?」

ぼくは家出から半年たった今でも、母さんに文句を言っている。

「母さんだってよくわからないの。ただ、気がついたら山ほどペットフードを買いこんじゃってて、ウィンキーもいなくなっていたの」

「それって変だと思わない?まるでさいみんじゅつにかかってたみたいな言いかたじゃないか」

「だってわたしはウィンキーをダイエットさせようとかぜんぜん考えてなかったんだもの。本当よ。そんなことしたら、あの子は家出しちゃうわ」

「でも母さんはウィンキーがどんなにねだっても、あのまずそうな『ビューティー』 しかあげなかったんだよな」


「だって、 だって、本当にわたし知らないんだもの…ウィンキーが長生きさせるのは、おいしいものを食べさせて運動させるのが一番だって思ってたから」

母さんはさみしそうに言った。

母さんの言いぶんは何度聞いてもおかしいのだが、母さんがウィンキーのことを一番かわいがっていたことはまぎれもない事実だ。

僕ら一家は、警察や保健所にウィンキーの家出を届けた。

母さんはツイッターやフェイスブックにもウィンキーの写真や動画を流したりして、連絡を待っていた。

でも失踪したのは、ウィンキーだけじゃなかったらしい。

こんなことはぼくの家にかぎったことではないらしくて、新聞には行方不明の飼い犬を探す記事が毎日三ページぐらいのっている。

となりの家のリリーだって、ウィンキーと同じころいなくなったけど、まだ帰ってきていない。

テレビの動物番組では、一種の伝染病じゃないかといっていた。

つまり飼い犬が何らかのウィルスに脳をおかされて、次々と家出するというのだ。

ウィルスが何なのかはいまだに明らかになっていない。

ああ、ウィンキー。お前、どこ行っちゃったんだよ。

 

つづく

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